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サンダルウッドの丘の家より ♯3 / 山崎美弥子

ハワイ・モロカイ島在住の画家、山崎美弥子さんによるエッセイです。
美弥子さんが初めてハワイの地を踏んだ時から、モロカイ島で住まいを構えるまでを振り返りながら、2007年から10年間、家族で暮らした家「サンダルウッドの丘の家」での日々、長女の誕生から7歳になるまでが綴られています。

第一章 後編 ここにたどり着くまで/オペークとスパークル

わたしのアザーハーフ(もう半分)である人と、この島でめぐり会うことになる幾年かまえから、わたしは同じ夢を繰りかえし見るようになりました。不思議な夢。混じりけの無い澄んだ墨のような夢。何も見えない。でも身体の感覚がある。そして音が聞こえていました。それは水が動く音…。夢の中のわたしは、やわらかな毛布に包まれたように、ここちよくどこかに横たわり、ゆらりゆらり….。どうして…?どういうことなのかはわからないけれど、ただ揺れている…。

 

「一体わたしはどこで何をしているの?」

繰りかえし繰りかえしわたしは見たのです。その墨色の夢を。

 

ある年の最初の月の十二日目のこと。わたしは、もう幾度目かになったこの島の地に降り立ちました。そして、三回目の夜が始まる直前の、真珠の混ざった黄金色のトワイライトの時刻に、島唯一の海辺のレストランの演奏会で出会った人。その人と、わずか数ヶ月後に結婚することになるなんて、その時には微塵にも考えはしませんでした。その席では二分ほどしか言葉も交わさなかったのですから。船上生活をしているというこの人は、翌朝の短い電話で、わたしをセイリングのワンデー・トリップへと招待したのです。それは島の週末の朝のことでした。小さな日帰りの船の旅計画には魅せられたものの、 この人のことを普通以上には好きでもありませんでした。彼のほうもわたしのことを、普通以上には好きだと思っていなかったはずです。なぜかってそれは可笑しなことに、彼はほかの誰かをデートに誘って失敗し、わたしはその代わりだったのですから。そんなふうに、まるで偶然に、あるいは忘れ去った計画通りに起きた、わたしにとって初めての、小さなセイル・ボートの海の旅。

 

ゆるやかなる午後。海と空はひとつ色となり、コハラ(鯨)たちのかるくここちよい、きゅるきゅるという声さえもその色にとけ、「音」と「色」というものとが、ひとつになるミラクルを。そして、そのどちらにも自分自身がなれることを。そのなめらかですべやかな、動かない風のような…、満ち満ちた、あたたかい幸福のふきだまりのような存在に、そう、何かをしようとしなくても、自分以外の誰かになろうとしなくても、今、この瞬間になれることを、わたしは知ったのです。その秘密のすべてを。

そしてちょっと素敵なことに、あるいはとても滑稽なことに、なぜだか、わたしをセイリングへと駆り出したこの人が、ナイ・ア(イルカ)にそっくりだという風変わりな考えが、わたしの心のスクリーンにくっきりと浮かびあがりました。彼がナイ・アのような顔をしているわけでは決して無いというのに。そしてその日の終わりに、島に暮らす者たちのあいだでは、ごくありきたりのはずの挨拶として、彼がわたしにハグをくれた時、

「なぜ、わたしとこの人はふたつに分かれているのだろう?」

と、自分でもまるで理解することのできない深い疑問が、わたしの中から沸きあがり、ぴったりとその不思議さが、わたしにとどまったのです。その日のうちに恋に落ちたわけでもないはずなのに。そうです。その人がレビーでした。

 

わたしたちが生きてゆく時間の中では、ときに計り知れないことが起こるもの。 大都会(まち)のコンクリートの雑踏を、一番効率良く、早く切り抜ける、そんなことが得意だったわたしが、気がつくと、ほとんどの時間を、船上で過ごすようになっていました。 海と空の深いグラデーションだけを見つめながら。携帯電話もコンピューターも持たずに。そして週末が来るたびに水平線をめざし、船を、波の青から青へとすべらせて、遠く、漕ぎ出すようになったのです。

「風が好きだ。」

と言うこの人と一緒に。

 

船の名はマナ・オ・イオ。風向きにあわせてセイル(帆)をスイッチしなくてはならないということや、ロープの縛り方に舵のとり方、海のサーフェイスと水平線は、限り無くどんな色にだってなることができること、まるで神殿のような、巨大なからだをしたコハラ(鯨)が、こんなにもわたしたちの船のそばまで近づいて来るということ、鳥たちは夕暮れ前にはみな、燃えるようなサンセット色に溶けて、船のまわりから姿を消すこと。 髪が旗のように音を立ててはためいても、千切れてしまったりはしないこと、自分の背丈の三倍もあるかという大波のリズムにあわせて、身体の重心を移動させること…、などを自然と覚え始めたころ…。夜のスパイスがまんべんなくふりかかった船上で、ふいに目覚め、わたしは言葉を失ったのです。そうです。繰りかえし繰りかえし見た、あの墨色の夢…。それはまさしく、未来を予知したものだったのです。このセイル・ボートのダウンビロー(船底)に、こんなふうにして、からだを横たえるその未来を。 夢の中で幾度と無く聞いた、水の動きの音。それは、海のさざ波のざわめき。海に宿る神様のささやき。それは、果てしもなく続いてゆく。墨に塗りつぶされた夢の色は、ポー(夜)を彩る。 そして、光はやがて生み出してゆく。かつて見たことも無い、眩しい真昼の遥かなる航路を。

山崎美弥子

山崎美弥子

1969年東京生まれ。
多摩美術大学卒業後、東京を拠点にアーティストとして活動。


一転し、2004年より船上生活を始める。のち、ハワイ・モロカイ島のサンダルウッドの丘に家を建てる。


現在は東に数マイル移動し、「島の天国131番地」と呼ぶその家で、心理学者の夫と二人の娘、馬や犬たちと、海と空や花を絵描きながら暮らしている。

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