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    FROM HAWAII

サンダルウッドの丘の家より ♯10 / 山崎美弥子

ハワイ・モロカイ島在住の画家、山崎美弥子さんによるエッセイです。
美弥子さんが初めてハワイの地を踏んだ時から、モロカイ島で住まいを構えるまでを振り返りながら、2007年から10年間、家族で暮らした家「サンダルウッドの丘の家」での日々、長女の誕生から7歳になるまでが綴られています。

第五章・一  大地とつながる/アオとポー

ビーチ・パーティーの帰り道。その糸をぎゅっと大事に掴んで、手放したくはなかった空色の風船が、たまらかいの手のひらから不意に攫われた日。海からの風に解かれて空高く。

 

「べつにいいの。ふうせんがなくなってもさみしくないの。」

小さなたまらかいが言いました。からっぽの小さな手のひらを見せながら。

「…でも、わたしのからだのなかがいたくなっちゃうの。」

 

そう言って、わたしのひざに顔を伏して、堰を切ったように泣き出した幼い子。青々しい風船は、空の青にみるみるうちに解け去って、跡形も無く消えました。まるではじめからなんにも無かったように。そのあとには、つきぬけた「青一色」だけがただ、そこに残されました。この世界の天井という面を、隅から隅まで、軽快に塗りつぶすかのように。

 

ある年の暮れのことでした。数年間リストにのせていた、わたしたちのセイル・ボートに買い手が現れました。船を降りてから七年。かつてわたしとレビーがふたりだけだったころ、わたしたちの生活のすべてがあったこの波の上、この船…。こどもたちを授かり、わたしたちがモロカイ島の大地に根をおろした今、港を出て、小さな舟旅をする週末は、めっきりとやっては来なくなりました。船はカウアイ島の、とある愛しあうふたりのもとへと旅立ちます。今度はこのふたりを見守ってゆくのです。このふたりの時間を見つめてゆくのです。この船の、わたしたちの前の持ち主は、メインランド(米本土)、ウエストコーストのカップルでした。このふたりもこの船での海の生活を経て、そののち、カリフォルニアへと上陸して結婚したのだと。この船にまつわるジンクスはハッピー・エンド。いいえ、ハッピー・スタート…!未来に続く、人生のあらたなる章への。きっと、今度のふたりもいつの日か、ハッピー・スタートを向かえることになるのかもしれません。そうです。どこかの地へと上陸して。

 

最後の夜、コックピットでお別れの小さな船上ディナーをすることになりました。家族四人と気がおけないゲストが三人、アヌとチェリーとその恋人を招いて。蜜蝋のキャンドルを持ちこみ、ありったけのごちそうと、オーガニックのレッドワインを運びこんで。きらかいとたまらかいは、小さな自分たちを少し大人びたように感じさせてくれる港のインディゴ色の風景にそれは大はしゃぎ。潮の香り。よみがえるのは、船に揺られながら聞いたラジオの雑音混じりのアイランド・ステーション。メロウなハワイアン・ミュージック。エメラルドの波を越え、幾度もセイルしたラナイ島、マネラベイ。夜が更けると、コックピットでブランケットに包まって、見つめ続けたゆったりと終わりもなく揺れるアンカーライトの赤い光。 そして白妙のナイト・レインボウ。ハラヴァの荒波の中、外れてしまった碇を、懸命に降ろしなおそうとするわたしたちの真夜中の頭上に現れた。それは、たった一度だけ奇跡のように出逢えた、先人たちの魂が渡り来る橋だという、そして見た者の夢を叶えるというまぼろしの白い虹…。船の舵をとるレビーのとなりで、いつもひとりくちずさんだ歌。 少女だったころのわたしが歌った、忘れ去った思い出を片した引き出しからこぼれ落ちたあの歌。

 

…かがやくよぞらのほしのひかりよ まばたくあまたのとおいせかいよ

ふけゆくあきのよ すみわたるそら のぞめばふしぎなほしのせかいよ…

 

祈りと共に始まり、弾けるような笑い声と、波のやさしいムーブメントに飾られた、楽しげな最後のディナータイム。それは、静かに幕を閉じました。キャンドルがその側面に、たくさん溶けたロウの流れのかたまりで、すっかり姿を変えた頃に。手をふるゲストたちは港のパーキングからクルマで島の寝息の中に消えてゆきます。港から見える、カウナカカイの町のボール・パーク(野球場)に取り残されたライト。 光は点々と、一本のラインに繋がったホリデーの電飾のように、闇をエキゾチックに気取らせています。 島の少年たちのナイト・ゲーム・オーバーのシグナルまでは。

船を降りて、わたしは船に語りかけました。愛おしく、その船体に記されたマナ・オ・イオという名を見つめながら。

 

「ありがとう。さようなら。」

 

その言葉を聞いたきらかいとたまらかいは泣きだしました。

 

「ばいばい、おふね。」

 

レビーとわたしに刻まれた記憶のマナ(エネルギー)。そのマナが流れこんだのです…その記憶が現実だった過ぎた日々、そのころにはまだ、生まれて来てはいなかった、この船の思い出を持ってはいないこどもたちのプウヴァイ(心)にも。そのことが、わたしたちをもっとセンチメンタルにさせました。夜の後ろ姿は、ボートを浮かべた波に映って揺れています。

…でも、何かを手放したあとには、からっぽになったその手の中に、予期もしない、あたらしい素敵な何かが収まることを、幼な子では無いわたしは、もう知っていました。ハッピー・スタート。マハロ・ヌイ・ロア。さようなら、わたしたちの船、マナ・オ・イオ。

運転席のレビーは黙ったまま。青い瞳はチャコール色のハイウェイをじっと見つめています。サンダルウッドの丘のわたしたちの家へと帰ります。車窓から流れ込む夜は、それはとても夜らしい気品に満ちたしなやかさで、山に並んだ家々のオレンジ色の灯りを、そのきらめきでしっとりと包み込んでいます。バックシートをふりかえると、さっきまで声をあげて泣いていたこどもたちがもう、夢の世界へと滑りこんでいました。…たった一マイル半だけの、時の経過のあいだに。

 

 たとえ船を手放してしまっても、レビーはセイラーです。壮大なる海の旅は、いつになっても夢ではありません。心に決めさえすれば、今すぐにでも選択できるリアリティ(現実)なのです。レビーがかつて、メインランド(米本土)の生活のすべて、家や仕事や、昔、恋をした誰かまでもを後にして、この波と一緒に生きることを選んだ時のように。

 

 黄水晶色の光が、ダイニング・テーブルの四角からはみ出して、オヘ(竹)素材の床にこぼれて落ちては部屋中にあたたかくひろがる午前八時。ふたたび船を手に入れる計画を、今朝もレビーは立てています。今度はこどもたちのために、小さくても、より安定感のあるトライマリン(三胴船)がいいだろうかと。イマジネーションを絵描くこころの中のスケッチブックに、終わりのページは無いのだから。

 たとえ、船を持っていなくても、わたしたちは誰しもがセイラーです。壮大なる冒険は、決して夢ではないのです。わたしたちが心に決めさえすれば、そうです。今すぐにでも、選びとれる現実なのです。

 

ふと、視線をなげると、窓枠の彼方には、ラリマールの色と色とを塗りかさねた輝く波たち。世界中の青を集めたそのグレイトブルーの中に、ぽかと浮かぶ白いセイル・ボートが見える。あの船の舵をとる旅人は、何処の海からこの島までも、航海をして来たのでしょうか。風が、幾千もの葉という葉の、一枚一枚を触っては過ぎてゆく、その幸せな音色。サンダルウッドの丘のわたしたちの家。真新しい一日の始まり。アロハ・カカヒアカ。じんわりと上昇する朝の体温。満ち満ちるケ・アオ(光)。海からのここちよい風は、そう、まるで見守るように。「生きる」という、果てしない、わたしたちの航海を。

山崎美弥子

山崎美弥子

1969年東京生まれ。
多摩美術大学卒業後、東京を拠点にアーティストとして活動。


一転し、2004年より船上生活を始める。のち、ハワイ・モロカイ島のサンダルウッドの丘に家を建てる。


現在は東に数マイル移動し、「島の天国131番地」と呼ぶその家で、心理学者の夫と二人の娘、馬や犬たちと、海と空や花を絵描きながら暮らしている。

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