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    FROM HAWAII

サンダルウッドの丘の家より ♯13 / 山崎美弥子

ハワイ・モロカイ島在住の画家、山崎美弥子さんによるエッセイです。
美弥子さんが初めてハワイの地を踏んだ時から、モロカイ島で住まいを構えるまでを振り返りながら、2007年から10年間、家族で暮らした家「サンダルウッドの丘の家」での日々、長女の誕生から7歳になるまでが綴られています。

第六章・一 この日々の行く末に/アウト・オブ・ザ・ブルー

裂く。 摘んだばかりのキイ(ティー・リーフ)、そのラッシュな葉は、編むことや束ねることもできる、まるでしなやかな人の髪のように。そうしてこの手で、レイとして生まれ変わらせるのです。清らかな孔雀色にひかるその葉たちを。そうして、しっぽりと白い霧に包まれた、緑の森の中を歩きゆきます。そのレイを身にまとい。かさなりあうビリジャンとビリジャンヒューの木漏れ日。オへハノイフ(ノーズ・フルート)を静かに奏でながら。 島の人々はわたしに伝えてくれました。オヘ(竹)で作られたこの伝統的な笛に、鼻から息を吹きこむことを。口は嘘をつける。でも鼻は嘘をつくことが無い。だから鼻からの息こそ、より神聖であるとする、島人たちの祈りがそこにも生きづいているのです。アイナ(地)は、語りかける人にこたえます。オリ(詠唱)にこたえます。神々の住まう、島の隠れ家へと訪れる時、その扉を開いて、小さきわたしたち「人」という存在を、その深い懐へといざなうのです。わたしたちのほうから、呼びかけることができる。島のひかり、メネフネたちとハーモニーを生み出す聖なる言語が在るのです。土地を守るナ・アウマクア(神々/先祖たち)の魂は、そのオリにこたえ、両腕を大きく広げて、わたしたちを招きいれてくれるのです。抱擁するかのように。 さくさく、 かさかさ。じんわり湿った地を覆い隠す、枯れて乾いた落ち葉の道を、裸足で一歩一歩、踏みしめる自分の足音が耳に届く…。 さくさく、 かさかさと。

 

黒く長い尾をしたあのリトル・バード。それがわたしのサイン。

 

「それがおまえのホーアイロナ(サイン)だよ。くれぐれも気をつけておきなさい。」

 

そう、秘密をこっそり耳打ちするようにウインクした島の人。わたしがこの島で母と慕う、わたしの実母と同じ、十一月十八日に生まれた、海の底ような深緑色の瞳を持つ人。オレロ・ハワイ(ハワイ語)を禁じられた時代に生まれたがゆえ、島に育ちながらもたったひとつのオリを学ぶ機会さえ、与えられることがなかった。…そんな彼女が唱えるオリは、

 

「アロハ・オエ、アロハ・オエ…アロハ・オエ、アロハ・オエ、アロハ・オエ…アロハ・オエ…。」

 

ただ、その一言を繰りかえすだけ。くりかえし、くりかえし。…でも、そのたった一言、その中に、この宇宙のすべてのすべてが語られているのです。彼女が唱える「言葉の音、言霊」がこの星をめぐる。まるで旅するかのように。地上に生きとし生けるものたちに「真実」を告げながら 。

ハラヴァ渓谷のカマニ・アキから知らせが届きました。

「一週間ほど前、アンクル・ジューンが死んだ。」

 

ハラヴァで生まれ育った六月の老人(ひと)、アンクル・ジューンはカマニ・アキの実の叔父さんだったのだと。ハラヴァの伝統的な教えを語り継いでいるアナカラ・ピリポ・ソラトリオとアンクル・ジューンは従兄弟同士だったのだというのです。わたしは、カマニ・アキに会いにゆきました。そうです。緑深き滝の森、聖なる渓谷、ハラヴァへ。

 

「アンクル・ジューンが…。」

 

「…そうだよ。一族の者がアンクルのカラマウラの家に訪ねて行った時さ。アンクルは庭先のピクニック・テーブルにいつものように腰掛けていて、そのまま逝ってしまっていた。いつもと同じ、何も変わらないそのまんまのすがたで…。」

 

その時、わたしの中から何にも言葉が出てきませんでした。

 

「ハラヴァの教会でフューネラル(葬式)が出る。」

 

「わたしも参列できますか?」

 

それだけを急いで聞くと、

 

「もちろん誰だって来てかまわない。日取りがわかれば知らせる。」

…なぜなのか、悲しみさえも感じることができませんでした。ただ、後悔に似たような寂しさがわたしの奥から静かに沸きあがりました。どうしてなのかわたしは、カマニ・アキの前で、なんだか急いでいるような素振りをし始め、その、静かに波立つエモーションを隠そうとしていたのかもしれません。いつもそばにいるって、わたしに言ったあの六月の老人(ひと)…。不自然にふるまうわたしを余所に、ハラヴァの緑は何千年分も鬱蒼と茂り、モオウラの滝から続くロイ(タロ芋の水田)に流れ込む川のせせらぎは、さらさら、ぱらぱらと、そんなわたしの耳の奥に、ただとてもやさしく、絶えることなく流れこんでゆきました。さらさら、ぱらぱら、さらさら、ぱらぱら…と。そのみなもを、硝子のようにきらきらと輝かせながら。

 

「アフイホウ(別れ際に残す言葉)。」

 

と渓谷に告げると、サンダルウッドの丘の家へと向かって、わたしはその地を後にしました。島の最東端であるハラヴァからは一時間半のドライブ。ホノウリヴァイを過ぎ、マウイ島の岸に到達しようとモロカイを去りゆく真っ青な波たちをクミミに見つめながら、海沿いの道を走り、マプレフ、そしてカマロを越え、ラナイ島のブルーグレイのシルエットが見えて来ると、そう、まもなく我が家。

 

アンクル・ジューンが、幾度もわたしとこどもたちを助けてくれたことを知っているレビーに、すべてを伝えると、言いました。

 

「きみにとって大切なことだろう。フューネラル(葬式)には行ったほうがいい。」

 

…でも、カマニ・アキからのフューネラルの知らせは、わたしのもとへは届きませんでした。知らせが届かなかった理由は、きっとちょっとした手違い。そう、他愛もないことだったに違いありません。とても重要なことのはずなのに…。わたしは思いました。

 

「それでもいいんだわ。」

 

でも、マラカイト色をしたハラヴァの森の中でククイの実を拾い集め、火を焚いて、二日もかけて丹誠込めて作ったイナモナ(伝統的な焼ククイナッツ)を、どうしてアンクル・ジューンのところまで、すぐにわたしは持っていかなかったのでしょう。アンクル・ジューンに小銭を借りたという旅人が、彼にお礼を伝えたいから連絡をとりたいと言った時に、どうしてどうにかして彼の電話番号を見つけだそうと、わたしはしなかったのでしょうか。

 

「いつもそばにいるんだよ…。」

 

そう言って、わたしを小さなこどものように抱きしめた老人(ひと)。「いつもいる」、その言葉を、信じてしまった。今日でなくとも、今週でなくとも、今月じゃなくても、「そこにいる」と思ってしまった。だって、そう言ったじゃない、アンクル…。だって、たしかにそう言ったじゃない…!

 

 それから幾つかの満月が過ぎ去った後の、ある日の窓辺で。こどもたちがレビーと一緒にビーチへ出かけてまだ戻っていない時分。天空の水色をサーモンピンクが、淡い藤色とともに征服し始める時間帯にさしかかったころ、ふと

 

「一週間前にアンクルが死んだ。」

 

と伝えたカマニ・アキからの知らせを見返して、わたしはカレンダーの日付を見ました。…するとそれは、七月五日。そこから七日間遡ると…六月二十八日…。

アンクル・ジューン。六月の老人(ひと)は、六月の終わりに逝ってしまった。ジューン(六月)。その、何も変哲も無いというふうな、気負い無いニックネームの中に、そんな兆しを刻ませていたことを、どうしてわたしが賢者のように、解き明かすことが出来たというのでしょう。…ありがとう。アンクル・ジューン。あなたがただ、この島に、ただ、いてくれたということそのことだけが、まぎれも無い「真実」でした。

窓の向こうのライト・ローズピンクの波たちは、燻しのゴールドへと変容し、空と海はもう、ゆっくりと深く、夜色へと巡ろうとしはじめている。

 

「ベイビー、真実っていうのは愛なのさ。」

 

ビール片手のアンクル・ジューンのからかうような声が、どこからともなく聞こえたかのような…。目前の海と空の色と色たちは、 気がつけばもう生まれ変わっていました。それはまるで、途切れること無き「輪廻」のように。

山崎美弥子

山崎美弥子

1969年東京生まれ。
多摩美術大学卒業後、東京を拠点にアーティストとして活動。


一転し、2004年より船上生活を始める。のち、ハワイ・モロカイ島のサンダルウッドの丘に家を建てる。


現在は東に数マイル移動し、「島の天国131番地」と呼ぶその家で、心理学者の夫と二人の娘、馬や犬たちと、海と空や花を絵描きながら暮らしている。

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