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サンダルウッドの丘の家より ♯14 / 山崎美弥子

ハワイ・モロカイ島在住の画家、山崎美弥子さんによるエッセイです。
美弥子さんが初めてハワイの地を踏んだ時から、モロカイ島で住まいを構えるまでを振り返りながら、2007年から10年間、家族で暮らした家「サンダルウッドの丘の家」での日々、長女の誕生から7歳になるまでが綴られています。

第六章・二 この日々の行く末に/アウト・オブ・ザ・ブルー

ある朝のこと。小さなたまらかいが、わたしたちのベッドルームに飛び込んで来て、にっこりと笑って、誇らしげに言いました。まるで演説のように。それは、彼女の通うプリスクールに、七日に一度訪れるクプナ(年長者を敬う呼び名)、島でもっとも年長のクムフラでもあるトゥトゥ・カウイラから教わった言葉でした。

 

「アロハ・ヴァイ・イア・オエ、アロハ・ヴァイ・イア・オエ…!」

 

あなたを愛しています、あなたを愛しています…!

 

いつだってトゥトウ・カウイラはウクレレを方手に。こどもたちに会うために正装をしてあらわれます。緑の蔓が巻きついた、スクールの門を颯爽とくぐりぬけて。襟首に白いフリルがあしらわれた手製のエレガントなムームードレスで。 焦げ茶地にアイボリー色に浮き上がる極楽鳥花のシルエット柄。年代物のムームーは、まるで先週仕立て上げられたばかりであるかのように、手入れが行き届いていることが見て取れるのです。ウクレレのメロディにメレをのせ、トゥトゥは島の言葉をこどもたちに伝えます。ちょっとしゃがれたような舌足らずな歌声は、生き生きと弾けるよう。まるで大木の年輪のように、その甲にたくさんの筋が通った両手でこどもたちを、ひとりひとり抱きしめる。 百回目のバースデーを迎える日も遠くはない、誰かを抱きしめ続けながら生きて来たトゥトゥ(おばあちゃん)。…抱きしめた時の姿勢のままに、その小さな背中がゆるやかなラインに丸まったひと。

 

「アロハ・ヴァイ・イア・オエ。」

 

あなたを愛しています。

 

…そんなトゥトゥに似合うのは、飛び切り小粋なラウハラ・ハットに王族の宝、カヘレラニ・シェルの首飾り。トゥトゥの堂々とした、その口調を真似る小さな娘(こ)の瞳の色は、遠い水平線のリフレクション。そう、クルクルと輝いて。繰り返される言葉は、まるで陽気で幸せな音楽のよう。

島の午後、プリスクールとエレメンタリーを、それぞれ終えたふたりのこどもたちを迎えに。…そうして壁にかけた古時計が三時を回ると、小屋のゲートを開けて、ニワトリたちをサンダルウッドの丘の家の庭へと自由に放ちます。 栗毛の色をした七羽のメンドリたちは、オーガニック・ファームで働いているアンクル・オマーのクアラプウの庭から譲り受けました。それから、カウナカカイの町で、オンドリの引き取り手を探していたデルという男を訪ねていって、その一羽を買い取りました。このオンドリは、レインボウに輝くそれは黒く美しい翼を持ち、大物を海から引き上げる時のよくしなった釣竿のように、見事な曲線を描いた長い尾をしたとびきりの美形でした。その姿に見惚れたこどもたちは、迷うことなく、ハンサムという名前をオンドリにつけました。

 

「素敵な空色のタマゴを産むわよ。」

 

目配せするアンティ・ネンのウエストエンドのナースリーからも、メンドリたちがやって来ました。一羽はコーヒーを焦がしたような茶、もう一羽は白地に黒の柄模様。そのコントラストを見たこどもたちが、さっそくブラウニーとマシュマロという、甘ったるい名で呼び始めました。ニワトリたちは、みんな揃ってオーガニックの餌で育てあげ、毎朝新鮮なタマゴをわけてもらいます。でもなぜか、ブラウニーとマシュマロが産み落とすのは、砂色をしたタマゴばかり。だからわたしたちは今も夢に見ています。

 

「空色タマゴだなんて。さぞかし素敵なことでしょう。」

 

タマゴを巣箱から収穫して、リサイクルのペーパー・カートンに入れるのがきらかいとたまらかいの仕事。そうして三個一ドルで島の人々にお裾分けをしています。幾つか前の満月の時分には、 馬を飼うパニオロ(ハワイアンカウボーイ)ファミリーが多く住む、モオモミ・アヴェニューのアンティ・ヴァイオラのファームから、小さな四羽のアヒルのヒナたちがやって来ました。そして、ユーカリ香る島の北に位置するカラエに住まう、信心深いアンクル・ヘンリーのところから迎えた一匹の白ヤギ。常夏の島で生まれたきらかいとたまらかい。ふたりがこの白ヤギにつけた名前はユキ(雪)でした。島では決して、叶うこと無き、少女たちの銀世界への憧憬をたくすよう。ユキは、今にも生まれて来ようとする、真新しい小さないのちを待つばかりです。そうです。南国のユキは、まもなく母ヤギになるのです。

 

…大都会(まち)で暮らしていたころ、小さな四角いわたしの部屋には、いつもプレイヤーの音楽が必要でした。スピーカーから音楽が鳴り止むことが決して無いように、とても注意深く生きていました。でも今、この島で、気がつくとその習慣は無くなっていました。朝目覚めると、窓の外からまるで生きた歌のように聞こえて来る、…生き物たちの気配。小鳥たちのさえずり、一日の始まりを知らせる声高のオンドリ、 遥かより旅する風の口笛…、遠いさざ波が青々しく飛び跳ねる水しぶき、ちょっと眠いまぶたをこする子どもたちの笑い声。そして抑揚のついた、あの演説…。

 

「アロハ・ヴァイ・イア・オエ、アロハ・ヴァイ・イア・オエ…!」

 

あなたを愛しています、あなたを愛しています…。

 

わたしたちの住まう、緑の星の息づかい。そのリズムとミュージックの中に溶け込んで、わたしたちは今、生きている。 わたしたちひとりひとりが、みんな一緒に風景になる。そして、風景から聴こえてくるもの、それは、音楽になる。風景と音楽は、ひとつに溶けあう。数え切れない光が混ざりあい、ふわふわであたたかい、やさしい羽毛の色になる。そう、それは、祝福に満ち満たされた、ひだまりの色。満杯に。

 

さぁ、今日はトゥトウに会える日。七日目が始まります。

山崎美弥子

山崎美弥子

1969年東京生まれ。
多摩美術大学卒業後、東京を拠点にアーティストとして活動。


一転し、2004年より船上生活を始める。のち、ハワイ・モロカイ島のサンダルウッドの丘に家を建てる。


現在は東に数マイル移動し、「島の天国131番地」と呼ぶその家で、心理学者の夫と二人の娘、馬や犬たちと、海と空や花を絵描きながら暮らしている。

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