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Hōʻailona

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満てる ♯2 / 編集部

高知の言葉で「満てる」とは、人生が満ちる、人が死ぬことを表すそうです。
死は、人生の終了ではなく満了。さすれば死について考えることは生についても考えること。
こころとからだの最終地点を目指す旅として、hoailonaは、さまざまな分野の方々に話をお聞きしながら、人生を満了するためのヒントを学んでいきます。

Hōailonaの連載「クラブ整体」では、毎回、東洋哲学・医学の立場から、さまざまな質問に対して爽快なお答えをくださる鍼灸師の原禎子さん。「満てる」第2回は、高知で生まれ育ったその原さんによる寄稿です。 思春期を終えて大人の女性になりつつあった19歳の「満てる」のものがたり。

私がその言葉を聞き、意識したのは、19の頃だった。

高校3年の終わり、卒業を間近に控えた3月に、祖母が82歳の生涯を終えた時にも聞かなかった言葉だった。正確には、聞いたのかも知れないが、記憶に無い。

「安兵衛が死んだと。」

「まあ、あらぁ(あいつは)満てたねえ。」

「満てた、満てた。」

周りの大人のそんなやりとりだった。

安兵衛さんは、叔父さんの同級生。若かりし頃はさぞかしやんちゃくれだったろうみてくれで、呑んだくれだった。糖尿病を患ってからも、呑むことをやめることなく、亡くなる前には肝臓も壊していたらしい。

入院先の病院の階段から、酔ってか酔わずか転落し、その後に亡くなったそうだ。60にもなってなかった。

「満てた」

まだ若いとも言える安兵衛さんの死に際して、その言葉を聞いた時の静かな感動は、今も私の中に変わらずにある。

安兵衛さんには、小さな頃から可愛がってもらった。だからといってしょっちゅう会う間柄でもない。

叔父さんを慕って、叔父さんの帰省に合わせてウチに顔を出すおじちゃん。

角刈りに口ヒゲ。一見すると強面だが、小さな私を脅かさないように、遠慮しながら、でも漏れ出る笑顔で、私に近づいて来ていた。私もまた、約束のように、怖がったのちに、膝の上でくつろいだ。

小学校も高学年にあがると、安兵衛さんはよそよそしくなった。ウチに来ても、チラッとこちらを一瞥し、目でささやかな挨拶をするくらい。子供は好きでも、少女となると扱いを違わねばならぬ。そんな彼なりのルールのように勝手に解釈していた。

私が高校に上がった頃。彼は私にCHANELの口紅をくれた。

綺麗なベージュピンク。

パチンコの景品。

イケイケ女子高生だった訳でも無く、香料が苦手な私が、その口紅を使うことはほとんど無かったが、随分大人の男性から、暗に年頃になったと認められたような気がして、ちょっと嬉しくて、常に化粧ポーチに入れていた。

紅を差すのが、不自然でもなくなった19歳のころ。おもむろにポーチから取り出し、今の私に似合うかどうか試してみようと取り出した口紅が、折れていた。

そして、程なく、安兵衛さんが亡くなった事を聞いた。

呑んだくれて、糖尿病で、肝臓壊して、病院で転んで、死んだ。

この一文だけを読んで、いい生き方をした人間だったと思う人は稀だろう。

破天荒というほど目立つ訳でもなく、さりとて実直には程遠い。不器用で、昭和の塊のようなその男性の生き方を「満てた」という言葉でしめくくられたのを聞いた時、私には、いつどこに居ても、少し居心地の悪げな安兵衛さんの一生が、ちょっと救われたように思えたのだ。

実際のところはわからない。ご家族や、親しい人の胸のうちは、苦しかったのかも知れない。

本人は無念だったかもしれない。

それでも、彼なりの一生を彼らしく終えた。いい、悪いではなく「満てた」。そう評する表現があることが、美しいと思った。

版画/本間尚子 Shoko Honma

かつて高知は、その地理的な特徴から、陸路、海路とも、他府県との交流が難しく、文化や言語は取り残され気味だったようだ。いわゆる土佐弁は、古語の言い回しを色濃く残している。

「満てる」もその一つだろう。

凄まじい速度で通信が発達し、言語交流が広くなった現代では、かつてのような濃厚な土佐弁を聞くことは少ない。「満てる」が通じるのは、私たちミドルエイジでも半数くらいのものではないだろうか。

かと思えば、この連載のように、この言葉が、土地の隔たり無く見直される機会も生まれている。

人は、必ずいつか死ぬ。例外はない。生まれた時から、1分1秒、死へ向かっていく。命が無限な らば、生きることを大切にも出来ないだろう。

けれど、勢いや、余裕のある時は、人は死を忘れて生きる。何かにぶつかった時に、やおらその限りを感じ、梶を取り直す。進む時間の中で、限りを忘れたり、突きつけられたりしながら、生きていく。

「満てる」は、だらしない生き方や、投げやりな生き方、人任せな生き方を美化するための言葉ではない。けれど、誰だって、100%正しい生き方なんてわからない。そんなものもない。

そんな生きる時間の狭間に、その人が全身全霊をかけた瞬間があれば、そこに立ち会った人は、やはりその生を讃えたくなるだろう。

当然、生きることに丁寧に向き合い続けて、天寿を全うした人にも。

私は、その賛美として、敬意として「満てた」と送りたい。

そして、地理も時間も超えて「満てる」という表現に共感し、人生を満了に向けて、居住まいを正す方が少なからずいることに、私はまた静かに感動する。

原禎子

原禎子

高知生まれ高知育ち。2004年に国家資格を取得。


2004年、高知市にて鍼灸マッサージ『恬愉』を開く。


病も、治ることも必然。症状や病名に固執せず、快適な自分を育むように。知らぬ間に病んでいたなら、知らぬ間に治るように。知らぬ間にまとわりついた捉われから放たれ、その人の素直な力が発揮されるように。身体を通して、その手伝いをするのが自分の仕事ではないかと思っている。


高知での施術のほか、一月半に一度程、東京で出張整体を行っている。

編集室

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